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老人になっても社会人である【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第10回

森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第10回

 

【年寄りに向かない日常】

 

 20年くらいまえから書いているから、40代で既に老人だった可能性もあるけれど、お菓子の包装が道具を使わないと開けられない、という問題。切り口があって、そこから破いても、期待したとおりに開かず、中身が上手く取り出せない。結局、ハサミかナイフが必要になってしまう。

 僕の父は、自ら希望して老人ホームに入居した。個室でテレビも持ち込み、ソファに座ってゆったりとお菓子を食べながら寛ぐつもりだったのに、そのお菓子の封を開けるために必要な小さなハサミが、持込み禁止だった。そのため、いちいち職員を呼び、開けにきてもらわないといけない。近頃のお菓子は一口ずつ密封されているから面倒だ。そのうち食べるのが嫌になってしまう。お菓子のメーカは、この問題を把握しているのだろうか?

 たとえば、ペットボトルのキャップを最初に開けるときなども、相当な握力が必要だ。そういうときはゴム手袋をはめてやりなさい、というデザインなのだろうか? 缶詰のプルキャップも、指が丈夫な人でないと開けられない。身近な人に頼まないといけなくて、そんな機会にコミュニケーションが取れるようにデザインされているのだろうか?

 もっと一般的なものだと、駅やお店でタッチパネルのモニタで、注文したり、選んだりしなければならないのが、老人には向いていない。理系の仕事をしていた人は逆に得意かもしれないけれど、それでも初めての場所だとストレスがかかる。まず、文字を読むようなメガネの用意がないから、表示が読めない。言葉を発する機械の場合、何を言っているのか聞き取れない。機械でなくてもほぼ同様で、店員が話す言葉が早口すぎてわからない。耳が遠いのに加えて、言葉の解釈能力も衰えているのだ。

 僕はまだ大丈夫だが、80代、90代の先輩方からよく聞く話である。自分の趣味になると俄然言葉が溢れ出て、普通に会話ができるのに、ドライブスルーで注文できなかったりする。

 僕が知る範囲では、男性の方が不具合が多い。これは、恥ずかしい思いができない、というプライドが災いしているためだろうか。

 最近のニュースで多いのは、高齢ドライバの運転ミスによる事故。だが、運転ミスは、若者でも中年でも起こす。人間はミスをするものであるから、それを機械やソフトで防止する方策を考えるべきだ。否、既にその方策も技術も存在する。問題は、それを義務づけるルール、それにかかる費用の負担、といった行政に帰着する。

 人間にもっとしっかりとさせることは、無理だと思われる。極端な例では、運転中に突然意識を失う人もいる。そのとき車を自動的に停車させる装置がないのは、規制が遅れているとしか思えない。

 ただ、もう一つの方向性が将来的には考えられる。それは、人間自体をもっと機械化するもので、肉体的障害に起因するミスを防止するための補助具を人の躰に入れることになるかもしれない。そうまでするよりも、人間はもう仕事をしないで、AIにすべて任せる方がよろしいのか?

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世の中はますます騒々しく、人々はいっそう浮き足立ってきた・・・そんなやかましい時代を、静かに生きるにはどうすればいいのか? 人生を幸せに生きるとはどういうことか?

森博嗣先生が自身の日常を観察し、思索しつづけた極上のエッセィ。「書くこと・作ること・生きること」の本質を綴り、不可解な時代を見極める智恵を指南。他者と競わず戦わず、孤独と自由を楽しむヒントに溢れた書です。

〈無駄だ、贅沢だ、というのなら、生きていること自体が無駄で贅沢な状況といえるだろう。人間は何故生きているのか、と問われれば、僕は「生きるのが趣味です」と答えるのが適切だと考えている。趣味は無駄で贅沢なものなのだから、辻褄が合っている。〉(第5回「五月が一番夏らしい季節」より)。

 

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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